3月11日(金)
あの津波から、もう2週間が経過。
まだ2週間、という人もいると思うけれど・・・。
地元の大船渡は、今週、携帯が繋がるようになり、水も通った。
まだ、一部は繋がらないらしいけれど・・・。
母と、11日以来初の電話をした。
11日、母はたまたま仕事が休みで家にいた。
幸い、隣のホールが避難所だったので、母は祖母をひとまず避難所へ。
その後家に帰り、お風呂に水を溜め、大きなろうそく、
貴重品などを用意し、犬2匹を抱え、ホールへ戻ったそうだ。
津波警報がなり、津波がくるまでの、ほんのわずかな時間で。
正直、家まで来るとは思わなかったし、まして、近所が浸水するなんて予想外だった。
海から1つ町を超え、私たちの町まで来た。
きっと、私はもっと気楽に、とりあえず、貴重品くらい持って行こう。
それくらいだったと思う。
水やろうそく・・・それを用意するほどの頭の回転はしなかったと思う。
家族を護る。
それが、母の強さなんだと思った。
父はその日、本当ならば、津波が来る時間、陸前高田にいるはずだった。
これもたまたま、予定変更で、午前に用事を済ませ、大船渡に戻って来ていた。
高校卒業したての妹が、進学先の埼玉に引っ越しを住ませていなかったら・・・
すごいキセキ。幸運。
最悪の事態があったとしたら、
父は陸前高田で津波に遭遇、母は大船渡の海沿いの職場で津波に遭遇。
妹の進学は・・・断念・・・?
家が無事でも、家族を失っていたかもしれない。
そう思うと、本当に不思議な偶然の積み重ねに本当に感謝しかない。
今、父も母も、通勤に徒歩1時間。
「今日もヘリコプターが来たよ。これから、まだまだ増えるだろうからね。
隣の学校に比べたらなんて事ないよ。」
「大変なんて、言ってられないからね。うちは何も失っていないから。
こんなことで大変なんて言えないよ。」
口を揃えて言う両親。
まだ、一人暮らしを始めたばかりの妹には、毎日電話をしていたらしい。
私には全くなかったのに・・・。笑
でも、それで良い。かえって、嬉しかった。
私は、1人だけど、1人じゃない。周りにたくさんの優しい人がいる。
これでも、社会人。やっと少し、役に立てたかな・・・。
「私は、復興支援頑張るから!」
最後にそう言ったら返って来た言葉。
「よろしく頼みます」
約束、必ず守るから!!
0 件のコメント:
コメントを投稿