2011年3月27日日曜日

頼まれごと

3月11日(金)
あの津波から、もう2週間が経過。
まだ2週間、という人もいると思うけれど・・・。

地元の大船渡は、今週、携帯が繋がるようになり、水も通った。
まだ、一部は繋がらないらしいけれど・・・。

母と、11日以来初の電話をした。
11日、母はたまたま仕事が休みで家にいた。
幸い、隣のホールが避難所だったので、母は祖母をひとまず避難所へ。
その後家に帰り、お風呂に水を溜め、大きなろうそく、
貴重品などを用意し、犬2匹を抱え、ホールへ戻ったそうだ。
津波警報がなり、津波がくるまでの、ほんのわずかな時間で。

正直、家まで来るとは思わなかったし、まして、近所が浸水するなんて予想外だった。
海から1つ町を超え、私たちの町まで来た。
きっと、私はもっと気楽に、とりあえず、貴重品くらい持って行こう。
それくらいだったと思う。

水やろうそく・・・それを用意するほどの頭の回転はしなかったと思う。
家族を護る。
それが、母の強さなんだと思った。


父はその日、本当ならば、津波が来る時間、陸前高田にいるはずだった。
これもたまたま、予定変更で、午前に用事を済ませ、大船渡に戻って来ていた。


高校卒業したての妹が、進学先の埼玉に引っ越しを住ませていなかったら・・・


すごいキセキ。幸運。
最悪の事態があったとしたら、
父は陸前高田で津波に遭遇、母は大船渡の海沿いの職場で津波に遭遇。
妹の進学は・・・断念・・・?

家が無事でも、家族を失っていたかもしれない。
そう思うと、本当に不思議な偶然の積み重ねに本当に感謝しかない。

今、父も母も、通勤に徒歩1時間。
「今日もヘリコプターが来たよ。これから、まだまだ増えるだろうからね。
 隣の学校に比べたらなんて事ないよ。」 
「大変なんて、言ってられないからね。うちは何も失っていないから。
 こんなことで大変なんて言えないよ。」
口を揃えて言う両親。

まだ、一人暮らしを始めたばかりの妹には、毎日電話をしていたらしい。

私には全くなかったのに・・・。笑

でも、それで良い。かえって、嬉しかった。
私は、1人だけど、1人じゃない。周りにたくさんの優しい人がいる。
これでも、社会人。やっと少し、役に立てたかな・・・。

 「私は、復興支援頑張るから!」
最後にそう言ったら返って来た言葉。
「よろしく頼みます」

約束、必ず守るから!!

0 件のコメント:

コメントを投稿