2011年10月24日月曜日

プロに理由はない。

先日、ものすごい方にお会いしました。
(とは言いつつ、実際、毎日、スゴイ方ばかりにお会いしておりますが。)

高校の教師で、今は教育委員会にいらっしゃる方。
ぱっと見た感じも、話している感じも、全く「先生」という感じがしない。
ご紹介して下さった方のお兄さんなのですが、
この2人のやりとりも、とても素敵。

本気で語り合う兄弟って、いいな〜と思いました。
私の場合、なかなか、仕事の話や、難しい話は、姉妹でしないなあと・・・。
ひとづくり、ものづくり。
色々なお話をした中で、響く言葉がたくさんありました。

・昔は親が必死で働いていて、その姿を子どもが見ていたから、
 親に対して、感謝や尊敬があった。
・大学にほとんどの人がいくようになってから、「教師」の位置が変わった。
 一昔前は、教師は威厳(?)があった。(学歴で見ると、保護者の方が上のこともある。)
・教員免許は警察手帳等と同じ「決意や覚悟」のはず。本来、それくらいの意識で!
・教えることに対して、「プロ」意識がなければならない。
・負けや失敗は、あっていい。そこでやめなければ、負けでも失敗でもない。
・見えないものは見ない。見えるものしか見ない。(見えない、背景にあるものを見なくなった。)
・大人が夢を持てないと、子どもも夢を持てない。

・究極のプロには、理由はない。説明ができないことだらけ。 

等等・・・。
最近は、理屈がないと出来ない子どもが多いそうです。
「何でこうしなければならないのか」を理解しないと、やらない。
例えば、校則で決まっている白いシューズ。
ある学校で70年近く、伝統として受け継がれているものだそう。
実際、そこに理由があるかどうかということよりも、
「今」目の前にあることだけでなく、まずは、その歴史に誇りを持つべきではないか?と。
また、注意されても「なんか怒られた」「あの先生はすぐ怒る」という子どもも多いそう。
なぜ注意されたのか、「自分で考える」ことが減っている。

子どもの責任ではなく、ここ数十年の教育に問題があるのだとその方はおっしゃいました。

 
教育現場を変える為にも、
まずは教師が自ら、「教師」以外の人達と出会うこと、
色々な所に出て行くことが必要だと強くおっしゃいました。
どうしても、同業で集まりがち。
これはどんな所でも言えることだと思いますが・・・。


最近、それこそ全く異なる所ばかりにお邪魔させて頂いている私には、
その有り難さを身に染みて感じられることでした。
確かに、同業で学ぶことも多いですが、そこだけに留まってしまうことが多くなってしまいます。
そして、「自主的に」出て行く、という所もポイントなのだろうなと。 


解らなくてもいい。(私の場合、解らないことだらけです、本当に。)
まずは行ってみる、やってみる。(なぜか昔から、考える前にやっちゃうところがありました。笑)
失敗してみる。(やってみるのが先の分、失敗も多いです・・・。)
そこでやめない。
続ける

「うまく失敗をさせるのも、上司の役目」とおっしゃる偉人もいらっしゃいました。
そこまでいったら本物だ!!


習字もピアノも途中で投げ出した過去がある私。
続けるって、難しいです・・・ほんと。
料理は好きだけれど料理人ではないので、職人さんのお話は「?」がいっぱい。
管理栄養士はとったけれど、管理栄養士としてのお仕事はしていない。
カメラは好きだけれど、 カメラマンじゃない。

色々な方と出会うことが出来る、そして支えてくれる多くの方がいる
今を大切に。
不器用だから、たくさんのことを極めるのは難しいけれど、
だからこそ、今やっていることは続けていきたい。
理屈じゃない、理由がない、究極のプロを目指します!
職種は・・・?
まだ解りませんが、それでいいかな・・・と。
10年、20年後に言えるように・・・目下修行中です。


教育関係の方とお会いすることが多くなり、教育に関心があるこの頃。
また、こんな先生いいな!と思いました。













教育つながり。
子どもたちからのメッセージ、是非、心で聴いて下さい。